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序曲「過去への敬慕」

 

Ouverture “Omaggio al Passato”
作曲:L.Mellana.Vogt(フォークト)

作曲者フォークトはスイスで長年マンドリンの教授をしており、後年はローザンヌに移り住んだといわれているが、詳しいことはわかっていない。
代表作品としては、本曲のほか「山岳写景(Scene Alpesti)」がある。
1921年に「イル・プレットロ」誌主催の第3回作曲コンクールにおいて第一位入賞を果たした本曲は、現在までマンドリンオリジナルの定番曲として各地で繰り返し演奏されている。

さて、本曲は、過去のマンドリン音楽(作曲者・演奏家も含めて)に対して、尊敬と敬意を表すという意味の上に作曲したと言われている。
しかし、その曲想を考えれば、必ずしも先達への尊敬だけではなく、作曲者自身が持っていた美しい愛への懐かしさや思慕の心も描かれていると考えられる。

そこで、あくまで私論だがこの曲を解釈してみたい。

都会に生きる現代青年である彼は、いつも何かに急き立てられている多忙な日々を過ごしている。
朝から書類の山と来客に追われてんてこまいである(Allegro)。
しかしそんな彼にも甘く懐かしい故郷の想い出があった。
中間部に見られるマンドラとマンドリンのやさしい掛け合いは、かつての恋人たちの楽しい会話である。
現実と幸せで穏やかな過去(曲の緩急)が何度も頭の中で去来するが、今を前向きに生きていこうと悟ったとき、曲はフィナーレに向かう。

本曲の邦訳は、『過去への「尊敬」「敬慕」「讃仰」「礼賛」「憧憬」「礼賛」「敬意」』などさまざまである。
最近ではよく用いられている「尊敬」であるが、表面的で何となく深みがない。
かと言って「礼賛」では少し大袈裟すぎるのではないだろうか。曲の雰囲気からして天地創造した神々レベルへの尊敬とは言いがたい。
そこで、私は尊敬と思慕の念を併せ持っている「敬慕」(Omaggio)を選択したい。人間的な響きを持っていると思っている。

曲想や和音は至ってシンプルで、現代の複雑な楽曲構成に慣れてしまっている私たちには、やや物足りないと思えなくはないが、決してそんなことはない。
触れるほどに味わいの出てくる、私の好きな曲のひとつである。

※2005.11月記。

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