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ホルストの組曲「惑星」

 

ホルスト(1874~1934)はイングランドの音楽一家で育ち、幼い頃から音楽書などを読み作曲に興味を持った。ロンドンの王立音楽院では民謡や古楽に、卒業後は古代インド文学や宗教にも傾倒している。音楽教師の職を得た後は生活も安定し、意欲的な作品を生み出した。

本曲は「惑星」(1916)と訳されてはいるが、天文学ではなく占星術から着想を得たものである。
西欧ではヘレニズム期より惑星は神々と結び付けられ、ルネサンス期に錬金術と結びついて、宇宙と自然の対応をとく自然哲学へと発展した。
そのため、各曲の副題は「...の神」と訳されたが、近年では本来の意味に則して「...をもたらす者」という表記が一般的になっている。

さて大編成の管弦楽である原曲は、バスオーボエやアルトフルート、チェレスタ、オルガン、舞台の外に配置された女声合唱など、様々なパートが使われている。
編曲やパートの割愛を禁ずるという彼の遺言があるものの、珍重楽器を含め大編成をすべて揃えて演奏するのは非常に困難で、多くの音楽家は優れた本曲を広く普及させたい思いで、あえて禁を犯してきたのが実情だ。
そして、そのおかげで私たちは本曲に親しむことができている。

最近では「木星」の中間部、Andante maestoso の美しい旋律を、平原綾香が「Jupiter」として2003年12月にリリースし大ヒットした。
後に新潟県中越地震の被災者を励ますシンボル的な歌として話題になっている。

マンドリン合奏用に編曲することについては、原曲の楽器編成の多さと複雑な構成から躊躇していた。
しかしマンドリンという楽器の持つ特性を「惑星」というすばらしい素材の中で知っていただく、という観点から勇気を出して編曲を試みた。管弦楽のコピーではないので、管楽器は一切使用しない。

なお「惑星」は7つの楽章(火星、金星、水星、木星、土星、天王星、海王星 ※冥王星は当時まだ発見されていなかった)から成っているが、演奏時間、認知度、曲想、楽器特性との相性などを考慮し、その中の3曲(火星・金星・木星)を編曲した。

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マンドリン合奏ではそれほど演奏されることのない、「金星」の編曲について。


金星の原調はフラット3つの変ホ長調である。
一般的に管楽器はフラット系が演奏しやすいが、弦楽器はシャープ系が演奏が容易なため、編曲の際はその辺を考慮することが多い。
まずシャープなら同一弦のフレットをひとつ上にずらせばよい。ところが「ラ」や「ミ」にフラットが付くと、隣の弦にうつる必要がある。きれいな音が出にくいし小指が疲れて面倒である。
また、ギターを考えた場合、シャープ4つ(ホ長調)でも1弦と6弦の開放弦(E)を使用することができる。変ホ長調では1弦も6弦も使用できない。この差は非常に大きい。
演奏に張りを持たせる意味でもギターの6弦は重要なので、結局、編曲者は面倒な移調に重い腰を上げるのである。

今回、金星を編曲するにあたり、スコアを検討した結果、半音上げて移調する方針を立てた。
ところが、である。
楽譜上は変ホだが、曲が進むにつれ、と言うか随分早い内から「レ」にも「ソ」にも臨時記号が登場する。どんどん調性が失われていくのである。そうなってくると、あれこの音はナチュラルを書くべきかな? それとダブルフラット? もしかすると1回転してダブルシャープだろうか、などと記譜上で迷いが生じてくる。
しかも、これはこの曲の特徴であるが、途中で弦楽器パートによって調号が異なって記載される現象が生じている。
第1・第2バイオリンは嬰へ長調(シャープ6個)、ビオラ以下は変ホ長調のまま、という箇所が登場する。しかもその中で臨時記号が頻繁に付いてくるのである。

もっとも、原調変ホ長調をホ長調に移調するということは、嬰ヘ長調はト長調(シャープ1個)になるわけだから(頭が混乱してくる)、プレイヤーは演奏しやすくなるわけだが。

以上の事情に加え、クラリネット・ホルンなどの毎度おなじみの移調楽器の譜面を、マンドリン系楽器のために一旦変ホ長調に再移調する作業も必要なわけで、はっきり言って指揮者の頭は病気になりそうだ。
しかし、編曲の段階でこれらの無茶苦茶面倒な移調作業を終えておけば、プレイヤーは比較的楽に演奏することができるのである。


※第63回定期演奏会(2005年11月27日)に向けて執筆したものです

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